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AerialWing −ある暗殺者の物語− −戦場指揮官エリシア その3−

「さーて、帰って報告書を纏めなきゃだな」

「レイ、任せていいか?俺この近くの色町に行きつけの店が…」

ニシシとイヤらしい笑いを浮かべてるグレンに、俺は呆れていたその瞬間。

背後の裏路地の壁が爆ぜ、俺たちは正面へと飛び退き、爆ぜた路地裏に警戒する。

『ウォォォォォォォォォォォォォ!!!』

俺たちの居た場所のすぐ後ろに、毛むくじゃらの大きな影が仁王立ちしていた。

そいつは足元の砕けたレンガを踏み潰しながら、こちらにむかって、近所迷惑極まりない咆哮を轟かせた。

「おいおいおいおい、あれ『トロール』だよな!?あいつらの仕業か?どっからもって来た!」

流石のグレンも驚きを隠せないようだ。

「はぁ、確か『リーダス貿易ギルド』のキャッチコピーは『日常雑貨から家具、めずらしいペットまで』だったか? ずいぶんとまぁ…趣味のいい品揃えだな…」

俺はそのありえないチョイスに、思わず皮肉とため息がこぼれた。

トロールは口から湯気のような熱い吐息を吐きながら、こちらへと近づいてくる。

トロールは異常に回復力が高い。やるなら一撃でとどめ刺さなきゃ厳しいぞ」

グレンはぐっと腰を落とし、戦闘態勢に入った。

こんな時に俺は、いや、こんな時だからだろうか。あることが思い浮かんだ。

「…なぁグレン。ちょっとさ、聞いて欲しいことがあるんだ」

「あん? こんな時に愛の告白じゃないだろな!?」

「そんな気持ち悪いこと想像して楽しいかよ」

「ごめん。自分で言ってて気持ち悪かったわ。で、なんだよ」

「エリシアに連絡を取りたい」

「はぁ!? こんな時に女に電話たぁいいご身分だな、おい!!!」

トロールの大きなこぶしが迫り、俺たちは後ろにもう一度飛びのく。

「最後まで聞けって。今この俺たちですら予想できなかった急襲。エリシアならどう対処するか。それを知りたい」

「お、なるほど、戦場指揮官としての抜き打ちテストか。今マスターもロキウス王に謁見という名のラブラブタイムだったよな。確かに丁度いいな。良い、実に良い!やってみようじゃないか」

「じゃ、そうと決まれば…とりあえず逃げろ!」

「おう!」

俺たちは夜の街をトロールが追えるスピードで、なるべく被害が出ないよう、広めの道を選び逃げる。

途中グレンは『トロールだ!皆逃げろー!』だなんて大声を上げていた。

俺はケータイを操作して、電話帳からエリシア=バレンタインの名前を見つけ、ダイヤルボタンを押す。

数秒のコール音の後に、通話中の文字が表示され、エリシアの声が聞こえてきた。

「もしもしレイ?どうしたのこんな時間に」

「もしもし?エリシアあのさ、俺とグレン今、トロールに追われてるんだよね」

エリシアのケータイに電話をかけ、とりあえずの状況を伝える。が…。

『…え?何を言い出すの急に』

流石に理解されにくいらしい。まぁ当然だな。そしてすぐに俺は、ある悪戯を思いついた。

「今すぐ、通信司令室に入って、俺のチャンネルに繋いでくれ。鮮明なライブ画像をお届けする」

『もー、なんなのよぉ』

画像通信の水晶を自分の目線と同じ位置に固定し、すこしトロールとの距離を詰め、エリシアとの通信が繋がった瞬間、顔がドアップになるような位置へと跳躍する。

結果、エリシアの見ている大画面には、いきなりトロールの醜い顔が、画面いっぱいに表示されるに違いない。

『はい、繋い・・・きゃああああああああああ!!!???』

予想通りの絶叫。耳のスピーカーがキーンと音を立てるほどのすばらしいスクリームだった。

「何してんのお前。すっげー楽しそうだな。顔が滅茶苦茶笑顔だ」

「いやー、案外エリシアってからかうと面白いんだぜ」

そしてすぐにスピーカーから、若干上ずった涙声で、エリシアが抗議してくるのが聴こえてくる。

『信じられない!レイの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!何考えてるの!?っていうか何で街中でトロールなんかに追いかけられてるの!?』

なぜ追いかけられているか?そうだな、大まかに言えば君のせいなんだけどね。

「どこぞの輸入ペットが逃げ出したか捨てられたかして、野生化でもしたんだろ?」

『信じられない! なんて飼い主なの!?』

「おい、まさかエリシアちゃん今の冗談を本気に捉えてないよな」

ごめんグレン。ほんとに信じてるよあのど天然…。

「丁度いいから、お前に抜き打ちテストだ。今俺はグレンと一緒に居る。俺の装備はダガー一本。残念ながら、トロールを死に至らしめる方法を俺は持ち合わせていないが、グレンは体が凶器だから問題ないだろう。今現在地のデータを送った」

『確認したよ。コルト西の・・・え、色町!?』

「はい?」

俺は一度、自分の逃げてきた場所を確認してみる。見れば風俗店や、ラブホテル、娼館などが立ち並ぶ、大変アダルテイストな場所へと逃げ込んでいた。

「おいグレン!!!」

「いやー、人間本能のままに走り出すと本能的に一番行きたい場所にたどり着くもんだなぁ…」

『ちょちょちょちょっとレイ!?そそそそそんなところで一体っ!ででででもレイも男の人だししょうがないところもあるし私が口出しする立場でもないけどそのそのえっと、最低!不潔よレイ!レイ不潔!!!」

完全にパニックになってるエリシア。コレではオペレーションどころではないだろう。

「落ち着けエリシア。俺はグレンの逃げる方向に一緒に逃げてきただけだ。とにかく現状、トロールをそろそろ倒さないと、人的被害が発生しかねない。お前が無理なら今すぐ片付けるけど、どうするよ」

俺の言葉に、エリシアはすーはーすーはーと深呼吸したようだ。そして…。

「…ほんとにもう!わかった。はじめましょう、レイ」

どうやら冷静になれたようだ。若干緊張しているようだが、問題はないだろう。

「OK、先ずはおさらいから行こう。トロールの主な生態データと、俺たちの今現在の戦闘能力データは画面の右と左にそれぞれ表示されるはずだ。地図データは右隣の画面を参照してくれ」

エリシアに指示を出しながらも、トロールの鈍い拳を避け続けることは怠らない。

『う、うん。大丈夫。いつもどうり出てるよ』

「いつも思うけどさ、マスターが使ってるあの作戦司令室って恐ろしいほどにハイテクだよな」

「そりゃもう、特殊任務部隊アサシン後用達だからな」

「はは、ロキウス王様様だな」

トロールが逃げ続ける俺たちを、執拗に追いかけてくる。これでけが人が出ていないことが不思議だ。

『レイ、グレンさん。聞こえますか? 今から作戦を伝えます』

エリシアから口頭で、その作戦を伝えられ、俺たちは思わずにやりと笑ってしまった。

「「了解!」」

その作戦は、トロールの性質、そして俺たちの能力を上手く利用した、実に効率的で、マスターもきっと同じような指示を出していただろうと納得する作戦だ。

『その先の十字路で、レイは右、グレンさんは左に分かれてください』

作戦通りに、俺たちは即座に右と左に分かれる。

『知能の低いトロールは、どちらを追うか瞬時に判断できないでしょう。その隙に、レイはすぐ横の建物の裏を回り、トロールの背後に出てください。そして、呪縛法で動きを止めてください』

俺はすぐに路地に飛び込み、魔力を開放しつつ走った。

「ま、呪縛法なんてあまり使う機会ないけどな!」

俺はトロールの背後に回り、印を切り、大地に手を触れる。

「呪縛法、龍脈陣!」

紫色の光を帯びた魔方陣が、トロールの足元に現れる。そしてそこに魔力を注ぎ、俺は鍵の言葉を唱える。

「縛!」

一瞬にしてその魔方陣が蛇のように解れ、鎌首を持ち上げ、トロールへと巻きつき、完全に自由を奪った。

『グレンさんは、左側の建物が5階建てのアパートになってるので、その屋上から、拘束したトロールの頭頂部より、渾身の一撃をお願いします』

「なるほど、この位置からなら間違いなく脳天をぶち抜けるぜ!覚悟しろ!必殺!阿修羅金剛拳!!!!!!」

グレンが建物から飛び降り、その勢いと自慢の馬鹿力で、トロールの脳天をその拳で打ち抜く!

『いくら生命力が高く、傷口がすぐ塞がってしまうトロールでも、脳に致命的なダメージを負ってしまえばひとたまりもありません。これで、チェックメイトです!』

グレンの拳がトロールの脳天を叩いた時、まるで大砲の発射音のような轟音と衝撃が、あたりに響きわたる。

その衝撃のすさまじさたるや、トロールの足元の、アスファルトで舗装された地面に、音を立てて日々を入れるほどだ。おそらく、トロールの体の骨も、今の地面のような状態になったのだろう。

白目をむき、そのままトロールは絶命した。

地響きと共に、その巨体は地面に倒れ、グレンは軽やかに着地する。

南無阿弥陀仏。いくら人食いモンスターと言えど、やはり殺生は心が痛むもんだな。安らかに成仏してくれよ」

俺はトロールの悪臭に鼻をつまみながら、頚動脈に手を当て、その鼓動がしっかり止まっていることを確認した。

「OK、エリシア。任務完了、完璧なオペレートだった。俺に呪縛法を使わせるなんて、結構珍しい方法ではあるが、データに基づく実に効率的な方法だったと思うぞ」

「お疲れエリシアちゃん。あんた、いい戦場指揮官になれるぜ」

俺とグレンは、互いにエリシアを労った。文句なしのオペレート内容に、俺達も大満足だった。

『そ、そんな…。えと、二人とも怪我は無いですよね?お疲れ様です。もうすぐ治安部隊がそちらに向かうと思います。ことの詳細は全て話を通しておきますので、あ!それとレイ!今『天々』の人から苦情メールが来たよ!今回は全面的にマフィアが悪かったってことで、お店の修理代はあっちに請求するみたいだけど、暴れるなら外でやって欲しいって!もぉ、明日マスターに怒られても知らないからね!?』

俺はエリシアを最大限に労ったはずなのに、俺に返って来る言葉は実に胃が痛くなる話だった。

「戦場指揮官殿。事実の隠蔽工作を依頼する」

『却下します』

「いや、そこをなんとか」

『駄目です。反省してください』

「反省なら十二分にしてます。二度としませんから」

そもそも、レイはおいしい焼肉を、グレンさんと好きなだけ食べてきた挙句が、この事件でしょう?あーあ、いいなー。私も美味しい料理が食べたいなー。高級ってついちゃうようなパパさまもびっくりするような、おいしいレストランで、お食事ご馳走してくれるような素敵な男性は居ないかしら?』

「げ」

エリシアのとてつもなく鋭利なカウンターに、俺は思わず絶句した。するとすぐに、グレンの大爆笑が聴こえてくる。

「ぶははははははははは!エリシアちゃんやるなぁ!今レイの顔、真っ青になってるぜ?エリシアちゃんとマスターくらいだぜ?レイをここまで真っ青にするなんて!ぎゃはははははは!」

そのとき、通信から聞き慣れた、そして聞きたくない声が聞こえてくる。

『ええ、それはもう。私の可愛い愛弟子ですから?ねぇ?お二人さん?』

「「マスターーーーーーー!?」」

俺とグレンはその通信から伝わってくるマスターのお怒り具合に、顔が真っ青になり直立不動の『気をつけ』状態になり、一歩も動けなくなる。もちろん冷や汗がだらだらと滝のように流れてきた。

『帰って来て見たら、司令室が起動してるから、何かなーと思ったら、随分楽しそうなことをしてたのね? 面白いから黙ってみてたら、事実の隠蔽だなんて言い始めるのだもの。悪い子ねぇ、レイちゃん?』

「ひっ!?」

『グレン君も笑い事じゃないわよねぇ?だって、一緒に暴れたんでしょ?もちろんグレン君も、エリシアちゃんに何かご馳走するのよね?』

「へ!?」

『えー? マスター。私、一食で十分なんですけど。クスクス』

『あらそう?じゃあ一人はエリシアちゃんにご馳走、もうひとりは、お仕置きかしらね?フフフ』

「「げっ!?」」

『さて、どちらがどちらを選ぶのかしら?』

俺とグレンの、仁義無き『エリシア争奪戦』もとい『お仕置き回避戦』が幕を開けた瞬間だった。

「ええええエリシア!レストラン『エデンの林檎』っていう店なんてどうだ!?オリビアも美味いって言ってた中々おしゃれな店らしいんだけど!?」

「ちょっ! エリシアちゃん! 王都にある『ヴィーナスの晩餐』なんてどうよ!? 貴族たちの間でけっこう有名なお店らしいんだ!」

『えー? 迷うなぁ』

『お値段的には、今のところヴィーナスの晩餐かしらねぇ?』

ちょっとまてぇ! 今グレンの上げた店はゼロがいくつもつく店だろ!? こいつそんなに金もってるのか!?

ええええ?俺そもそもおやっさんの飯が美味いからそんなに外食なんてしないんだけど!?あとどこがあったよ!思い出せ思い出せ…ああもう!定食屋みたいなとこしかおもい浮かばねー!!!

いや、落ち着けレイ。冷静になれ。俺の知っている店で、女性が喜ぶ店を選ぶんだ。

・・・待てよ?エリシアにはきっとレストランを厳選するような土地勘はまだ備わってないはず。よって判断基準はマスターの情報!

よって、陥落すべきは…マスターだ!!!

今までのマスターの言動、行動、趣向。全てを含め出すアンサーは!

あそこしかない!!!

「…エリシア、王都の帝王ホテルの屋上レストランで食事しないか? 夜景も綺麗だし、ガーデンブロッシュなんかあって、すごく良いお店だと思うんだけど」

その店を挙げた時、やはりマスターは食いついてきた。

『あら、もしかしてあの『宝石世界』?素敵じゃない! やーだぁ、レイちゃんてば意外と心得てるじゃない! エリシアちゃん。ここ、私超オススメしちゃう♪』

よし! HIT! 俺は勝利を確信し、握りこぶしをぐっと握った。

『え? そうなんですか? じゃあそこがいいなぁ♪ 楽しみにしてるね、レイ』

『あのね! ここのお店はね!』

なんて声の弾んだマスターの声を最後に、通信は途絶えた。

「ふぅ、あぶねー」

「ちくしょう。お仕置き部屋かよぉ。てかなんでお前そんな店知ってるんだよ。絶対お前の趣味じゃないだろ?」

確かに、これはちょっとずるかったような気もする。だが、これはまさに情報戦なのだ。グレンはそこがまだ甘い。

マスターを陥落させるなら、『アイツ』を利用するのが一番確実なんだ。

「ロキウス王が、あの店でマスターを口説いたんだ」

「くそう、その手があったか!!!」

グレンが悔しがる中、通信機とは別に、俺のケータイが着信音を鳴らし、俺は通話を繋いだ。

「もしもし?」

「レイ、言い忘れたことがあるの。…5分以内に全速力でギルドに帰ってきて、報告書を書き始めてください。じゃないとマスターのお仕置きです」

「…え」

いや、確かに全速力で帰ればギリギリ間に合う時間だが…何故?

なんて思ってる矢先に、通話は途絶えた。

「どした?」

「5分以内に帰って来いって。なんなんだよまったく」

「…帰ってやれ帰ってやれ。寄り道なんてしてみろ、大変なことになるぞ?多分。俺は寄り道しまくって帰るけどな!」

「はぁ?」

しかしその理由が、自分のその位置情報だと理解するまで、そう時間はかからなかった。

なぜなら、グレンがすぐ近くの建物の前で、女性と談笑したかと思えば、そのまま建物の中へと、鼻の下をびろぉぉぉんと延ばして入って行ったからだ…。